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【結婚式物語】この腕は誰の為に…父との絆

これは、物凄く溝が深まっていた新婦と父が

20年越しに絆を取り戻した話です。

 

新婦は28歳で結婚をして女の子を授かりました。

そして、お子さんが5歳の誕生日に結婚式を行なったのです。

今で言うとパパママ婚です。

その日は、快晴で雲もない程に晴れ渡っていました。

もちろん、式も披露宴も無事に終わり

本当に幸せな日を送って頂く事が出来ました。

 

たった一つの出来事が絆を取り戻す・・そんな話です。。

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父は結婚式に呼びたくありません

それが、見学に来た時の第一声でした。

今でも、あの一言は忘れられません。

なぜ、呼びたくないかを聞くと

『昔から嫌いなんです。口も聞きたくない』

そんな言葉ばかりでした。

その後、式場を決定して

式場に成約に来た時も同様でした。

『本当に呼ばないとダメですか?』

『呼ばない人は居ないんですか?』

離婚してる御両親なら可能性はあるんですが、

離婚してなければ家族の筆頭者です。

もちろん、呼ばないわけには行きません。

その場は、新郎も協力してくれて呼ぶ方向になってくれました。

それから数ヶ月打ち合わせをしていく中で、

教会式の話になりバージンロードの話をすると、途端に新婦は話はじめました。

『父は左腕が産まれつき麻痺してるので、私とは歩けないですよね?』と話してくるのです。

『歩けますよ、何故ですか?』と問うと

『嫌いな上に、せっかくの日を腕の組めない父と歩くのは恥ずかしいし、本当に嫌です』と…

それからは、いろんな方向の話をしましたがバージンロードの話になると全く同じ事の繰り返しでした。

 

父との溝

ある時の事です。

ちょうど新郎だけと話をする機会がありました。

何故、あれだけ自分の父を毛嫌いするのか。

新郎が重たい口を開きました。

毛嫌いしている理由は、

・門限が厳しかった事

・何でも口うるさく言われていた事

・腕が麻痺していて恥ずかしい事

等いろんな理由が、いくつも挙げられて来ました。

それが原因で20年近く口も殆ど聞いてない状態なんだと言う事です。

それ程に深い溝を挙式まで数ヶ月で回復するものだろうか…

新郎と私は不安が募るばかりでした。

 

1枚の写真

今では当たり前になっているプロフィールDVDの手作り。

当時は、そこまで手作りが無かったので新郎新婦に写真を用意してもらい

式場に持って来て貰う事になりました。

ちょうど挙式まで2ヶ月の事です。

新郎新婦は、産まれた時から今までの写真を持って来てくれました。

そこには、

右手と麻痺しているはずの左手を使い

娘を両手で抱っこしている父の姿がありました。

『この写真は…』

その瞬間、新郎は涙ぐみ、新婦が泣き始めてしまったのです。

2人が落ち着いた頃

なぜ両手なのかと聞くと、

新婦は涙ながらに

『2歳の時、道路で遊んでいた私を庇って事故にあった』

『その時の後遺症で左手が麻痺した』

と言うのです。

新婦も、写真を見つけた時は衝撃的で

その写真を見つけた時に、母に聞いたそうです。

道路で遊んでいた新婦をバイクが避けきれず

それを庇った父がバイクと接触したと・・

そして、母は新婦に告げたそうです。

事故にあい左手の麻痺が発覚した時に母が父に行った事

それは・・

『この事は、絶対に娘の重荷になる。一生言わないで欲しい』

と…母はそれを守り続けたのです。

 

今、父となり母となった新郎新婦は

父がどれ程までに娘を愛していたかを

父がどれ程の想いで娘の将来を大切にしてたかを

心の底から感じる事が出来たのだと思います。

その1枚の写真が、父と娘の溝を絆へと繋がるきっかけを作りました。

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この想いを父に…

そこからは、何とかして父に感謝の想いを表したいと試行錯誤でした。

バージンロードを歩く事を『もちろん歩きます』て即答する位の勢いです。

今までの想いを形にする事

感謝の想いを形にする事

これだけに残り1ヶ月を費やした位です。

そして、当日を迎える事になります。

 

想いを紡いだバージンロード

挙式当日…空は快晴で雲もない程に晴れ渡っていました。

新婦の希望でベールダウンはブライズルームで行いました。

なぜか、

それはバージンロードは『父の為に』

そして、

挙式が始まりました。

まずは、新郎が1人で…

新婦が父と準備をはじめました。

父の麻痺した手は…新婦が握っています。

そして…入場…扉が開きます…

開いた瞬間に父は立ち止まり涙を流しました。

そのバージンロードには

幾重にもモニターが並び動画が流れていました。

・感謝の言葉を述べた動画

・父と写っている写真の動画

・父と母の動画

いろんな動画が映された10台にも及ぶモニターが並んでいたのです。

一歩踏み出し、お辞儀した2人は暫く顔を上げる事はありませんでした。

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そして、

『父さん、今までごめんね。ありがとう。』

その言葉を聞き、

拭いきれない涙を堪えながら

一歩、また一歩と

今まで、すれ違いに歩いて来た道のりを、交わるかの如く人生のバージンロードを2人で歩いていきました。

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あの1枚の写真が無ければ、本当に溝は埋まる事は無かったかもしれません。

でも、たった1枚の写真が絆を深めるきっかけとなったのは、紛れも無い真実です。